第2回研究会_基調講演

第二回研究会

基調講演

座長:谷上 賢瑞(東京大学分子細胞生物学研究所)・荒川 和晴(慶應義塾大学先端生命科学研究所)

「感染症メタゲノミクス」

中村 昇太 (大阪大学微生物病研究所・感染症メタゲノム研究分野)

次世代シークエンシングの進歩に伴ってメタゲノム研究の分野は大きく発展し、様々な環境の微生物叢の解析が行われている。ヒトも腸内細菌など多様な微生物が生息している1つの環境と捉えることができ、感染症を発症した状態はその環境に外来の病原性微生物が侵入した際の環境変化と捉えることができる。我々は感染症発症時のヒトメタゲノミクスを感染症メタゲノミクスと定義し、臨床検体のメタゲノム解析を応用した病原体の検出法“メタゲノミック診断法”や病原性微生物による常在細菌叢への影響を研究している。

メタゲノミック診断法とは、臨床検体中の核酸の網羅的なメタゲノム解析により、病原体由来のゲノム断片を検出する方法である。これまでに我々は咽頭スワブ検体からインフルエンザウイルス、便検体からノロウイルス、血液検体からC型やG型肝炎ウイルスなどの直接検出を行ってきた。また従来法では原因不明であった下痢症例から病原細菌カンピロバクターを検出し、細菌感染症においてもメタゲノミック診断法が有効であることを示した。2010年の小型次世代シークエンサー454GS Juniorの登場によって、メタゲノミック診断法はより多くの感染症例に適用することが可能となった。本発表では我々が日々行っている様々な病原体検出例を紹介する。

ヒトの腸内細菌叢は性別や人種に関係なく、3つのエンテロタイプと呼ばれる細菌叢のパターンに分類できることが発表された(Arumugam M et al, Nature, 2011)。では、これらの腸内細菌叢はどれだけ安定に維持されるのか。我々は下痢症などの感染症発症時には腸内細菌叢が乱れ、健康状態とは異なるパターンを示すことを観測してきた。さらにバングラデシュの低栄養状態の幼児の腸内細菌叢を解析したところ、健康的な幼児に比べてプロテオバクテリア門に属する細菌が増加し、バクテロイデス門に属する細菌が減少していることを観測した。このように腸内細菌叢は低栄養状態のみでバランスを崩す、不安定なものである可能性が示唆された。
ヒトは様々な常在菌と共に生きる超有機体として機能している。病原性微生物がその超有機体に侵入した際に、どのような変化が起こり、どのように回復していくのか。今後さらに進化するであろう次世代シークエンサーを用いて、侵入から回復までの過程を感染症メタゲノミクスにより研究することで、網羅的かつ高感度な病原体検出法の開発や超有機体の感染症という現象の理解に繋げたいと考えている。

「サンゴに共生する褐虫藻類のゲノム」

將口 栄一 (沖縄科学技術大学院大学・マリンゲノミックスユニット)

渦鞭毛藻類は海洋環境系を考える上で重要な生物であり、サンゴやシャコガイなどに共生する褐虫藻が含まれる。褐虫藻は長い間同一種と考えられてきたが、最近の分子系統学的研究により、現在ではクレードAからHまでの8つに分けられている。サンゴを含め褐虫藻と共生する無脊椎動物の約85%は毎世代新たに外界より褐虫藻を取り込む。また、サンゴの種によっては2種類以上のクレードの異なった褐虫藻を取り込むことも知られている。このような複雑な褐虫藻の共生の際の振る舞いを理解するには、褐虫藻ゲノムの比較解析が必須である。しかし、多くの褐虫藻類のゲノムサイズは3 Gbp以上と大きいことなどから、ゲノム科学的な研究はほとんど行われてこなかった。私たちはサンゴ(Acropora digitifera)のゲノム(420 Mbp)解読を終了し、次に、現在知られている渦鞭毛藻類の中でゲノムサイズが最も小さく、単離培養の成功している褐虫藻Symbiodinium sp.クレードB(サンゴMontastrea faveolata由来)のゲノム(約1.5 Gbp)解読に取り組んでいる。

本講演では、まずサンゴのゲノム解読から明らかになってきたことを紹介したい (Shinzato et al., 2011; Nature 476, 320-323) 。その中で特にこれまでにあまり顧みられることのなかった仮説が、全ゲノム配列の解析結果により強く支持されたという事例を取り上げる。
次に、褐虫藻ゲノムの解読から明らかになったことについて紹介する。動物のゲノムや遺伝子を調べてきた私たちにとっては驚くことばかりであった。渦鞭毛藻の核はヌクレオソーム構造を持たず、常に凝縮した状態で染色体が存在する。このため長い間、渦鞭毛藻はヒストン遺伝子を持たないと考えられてきていた。しかし意外なことに褐虫藻ゲノムから数多くのヒストン遺伝子が見つかった。また転写調節メカニズムとの関係が予想されるスプライスリーダーやゲノム構造について新たなことが明らかになってきた。さらに褐虫藻は2kbp程度のミニサークルとして存在するプラスチドゲノムやフラグメントとして存在するミトコンドリアゲノムを持ち、そのゲノムの転写産物はRNAエディティングを受けているということが全ゲノムレベルで分かり始めた。今後は、褐虫藻クレード間でゲノム配列を比較し、褐虫藻間の多様性を理解する上で重要なゲノム構造の同定を目指し、共生についての理解を深めていきたいと考えている。

「次世代シーケンサーを用いた全ゲノム解析によるイネ有用遺伝子同定法」

寺内 良平 ((財)岩手生物工学研究センター・生命科学研究部)

私たちの研究グループでは、岩手県農業研究センターと共同で、東北地方の水稲の改良を目標にした研究をおこなっている。イネにおいては、2005年に精密なゲノム配列情報が公表された (International Rice Genome Sequencing Project. Nature 436, 793)。この情報を有効に利用して育種を進める「ゲノム育種」が大きな課題となっている。私たちは、様々なイネ遺伝子資源、次世代シーケンサーIlluminaGAIIxおよびバイオインフォーマテイクスを活用して、育種上重要な水稲遺伝子を同定単離するための技術開発を進めてきた。本発表では、イネの突然変異遺伝子を迅速に同定する技術「MutMap法」(Abe et al. 2012; Nature Biotechnol. 30:174)など、私たちが現在利用している技術について紹介する。